トランプ大統領が誕生しました。アメリカのエリート層、いわゆる知識人達は「まさか現実になるとは…。」とショックを受け、国を憂いていることでしょう。国民の選択、民主主義の下での選挙結果ですから仕方ありません。また「隠れトランプ」と言われる人々にはエリート層が含まれており、暴言を吐くトランプ氏を堂々と支持できないが、共感できるという人々が少なくないのだと思います。

 就任式当日に行われた反トランプ集会の規模や様子(一部が暴徒化)を見て、アメリカ社会の分断の深刻さを改めて感じました。隣国の韓国はもはや国の体を成していませんが、アメリカだって他人事ではありません。

 安倍政権は、そして自民党は、アメリカが半永久的に大国であり続け、日本を守ってくれると錯覚しているのではないでしょうか。けれども歴史を振り返れば、ローマ帝国は滅び、スペインやポルトガルは大国ではなくなりました。ソビエト連邦が崩壊し新しい国がいくつも生まれたのは近世の出来事、私が生まれた後に起きたことです。つまり半世紀も経てば世界地図の国境線はいくつも変わり、戦争(地域紛争)もたくさんあり、国力は変化するのです。栄枯盛衰とはよく言ったものです。

 アメリカも南北戦争を経験しています。今後、本格的な内戦とまではいかなくても、国内でテロや暴動が頻発し内政が不安定になれば、世界の警察官など引き受けていられなくなるでしょう。その兆候が見えているし、トランプ氏は「アメリカ・ファースト」だと示唆しています。

 国の安全保障を預かる者は、長期的な危機管理をしなければなりません。戦後、保守系の政治家は「日米安保を基軸とした。」と主張してきましたが、革新系の人々が「米軍基地反対!」と訴えなくても、米軍の事情で縮小・撤退することは十分あり得ます。北方領土問題が発生したのは、日ソ不可侵条約が破られたことが発端ですから、条約は一方的に破棄されることがある、と日本は自覚していなければならない。TPPも、あれほど強硬に推進していたアメリカが脱退したのですから、条約とはいい加減なものだと思っていた方がよいのです。実際、アメリカがTPPを批准しない可能性については、山田正彦氏(元農水大臣)がかなり前から指摘していました。トランプ大統領になったら即離脱、クリントン大統領でも議会が批准しない可能性は少なくなかった。トランプ氏が大統領選で勝利する可能性も無視できないくらい高まっていたのです。山田正彦氏は昨秋訪米し、トランプ人気の高さに驚いたそうで、実際、現地に行った人は「案外、トランプが勝つかもしれない。」という感覚を持っていました。(注:昨年10月、山田正彦氏を講師に招き、民進党島根県連主催でTPPの講演会を開催しました。)

 日本のメディアが政権寄りの報道しかしないことは、国民にとって不幸ですが、実は政権にとっても不幸なことかもしれません。「王様の耳はロバの耳」の寓話のように、心地よい情報しか入らない、正確な情報が入らなくなってしまったのでしょう。トランプ氏の勝利や北方領土交渉が期待はずれに終わったことについて、政府のショックはもちろんですが、予測をはずしたメディアの痛々しい報道は、これまで見たことのないものでした。

 今、日本は「国家百年の計」という視点で将来像を描かなければならない時です。ところが安倍政権はまるで化石のように思考停止しているとしか思えません。選挙中から「TPPを脱退する。」と宣言していたトランプ大統領は、早速、有言実行しただけのこと。日本が首脳会談で懇願しても覆ることはないので、説得など試みないでいただきたい。それこそ痛々しくて見たくないし、国民として恥ずかしく思います。

 安全保障にしても、安倍総理はアメリカに守り続けてもらう為に、自衛隊に集団的自衛権を持たせて海外での武力行使を可能にしようと無理をしました。けれども日本が協力しようとしまいと、アメリカはアメリカの都合で撤退します。それは沖縄であっても、他の地域であっても同じこと。自衛隊の海外派遣については、米軍が撤退する穴埋めに使われる可能性もあるのです。「日本はアメリカを守らないのに、なぜアメリカは日本を守っているんだ?」というトランプ氏の選挙中の発言はアメリカ人の本音でしょう。実際のところアメリカは世界戦略上、沖縄に基地を置いているのであって、日本を守るというのは大義名分です。「自分の国は自分で守る。」、「他国は守ってくれない。」と思った方がよいのです。「アメリカが守ってくれなかったらどうするんだ。」と言うのではなく、原発事故が実際に起きたように、アメリカが守ってくれないケースも想定外にしないことが危機管理ではないでしょうか。安倍総理は「強い日本」を求めながら自国の防衛について他力本願だと思います。

 日本は今こそ、専守防衛に徹するべきです。特に国家間の戦争ではなく武装集団、テロとの戦いの時代に入っているのですから、敵をつくらない外交、海外紛争に加担せず、武器商人にもならない従来の日本外交が求められています。そもそも人口減少時代に自衛隊を海外派遣している余裕もないはずです。

 安倍総理が祖父の岸信介元総理の影響を受けているように、私も親の影響は受けています。アメリカが日本を守れなくなった場合について、昔から議論してきました。永世中立国であるスイスの立ち位置は、平和国家として歩んできた日本の参考になります。そもそも国連常任理事国を目指す必要はなく、大国であろうとして、その義務を果たそうと自衛隊に無理をさせる必要もないと思います。常任理事国というのは会員制クラブのようなもので、外にいれば中に入りたいと思うのは人間の心理です。何が話し合われているのか知りたい。メンバーになりたい。常任理事国入りは外務省の悲願です。ただ何にしてもメリット・デメリットはあるもので、日本が平和国家であり続けることができるでしょうか。安倍総理の積極的平和主義が果たして本当に平和主義なのか、日本が世界の紛争に巻き込まれることはないのか、日本にテロを呼び込むことにならないか、考えなければなりません。また国連がいつまで機能するか、同じ影響力を持ち続けるかということも実はわかりません。

 トランプ政権がどこまでアメリカを変えていくのかまだ未知数ですが、一つ言えること、そして私が共感できる点は、反グローバリズムに舵を切ったということです。80年代から続いてきたグローバリズムによって格差が拡がり、その反動で誕生したのがトランプ政権です。自由主義と新自由主義とは似て非なるもの。人、物、資本、サービスの移動を自由にして国境をなくそう、ワンワールドにしよう、というグローバリズムは、国家間で条約を結んで自由貿易をしよう(その中で守るべき分野はお互い守ろう)という国際化(インターナショナリズム)とは異なるものでした。「自由貿易」と言われれば耳触りはよいが、人々は国家や国境をなくしたいわけではなかった。難民だけでなく経済移民が押し寄せるような状況を望んではいなかったのです。まずは自国民を優先したい。自分の国の将来は自分達で決めたい。共通ルールに縛られたくない。英国はEU離脱を決めました。今年はフランスでもドイツでも選挙があります。NAFTA(北米自由貿易協定)にまで立ち戻って交渉しようというトランプ政権の影響は欧州にも及ぶでしょう。世界中で、特に先進国で、行き過ぎたグローバリズムに悲鳴が上がり始めたのです。ここは「保護主義だ。」と切り捨てるのではなく、日本も立ち止まるチャンスだと捉えるべきでしょう。

 明治維新も然り、日本は自ら変わるというより外圧によって変化してきた国です。トランプ大統領の就任は、安全保障や経済政策の前提条件をゼロにして国家百年の計を案ずるよい機会だと私は受け止めています。安倍総理の悲願である「戦後レジームからの脱却」は、案外、安倍総理が想像しているような姿ではなく、全く違う姿で達成されるのかもしれません。