2015年6月23日(火)、戦後70年の節目となる沖縄全戦没者追悼式が開催されました。翁長雄志沖縄県知事の発言は終始一貫しており訴えていることは明確です。先月(5月20日(水))、私は外国人記者クラブで行われた翁長知事の記者会見に出席しました。その様子は既にネット上に動画が公開されているので、ここでは会見の概要を紹介し、私が沖縄について思うことを記します。

2015年5月20日(水)翁長雄志沖縄県知事の記者会見
<翁長雄志沖縄県知事記者会見の概要>
 私は自由民主党出身なので日米同盟の重要性はよく理解している。ただそのことと辺野古への基地移設問題とでは話が異なる。もともと普天間基地については危険性の除去と沖縄の基地負担軽減という話から始まっている。普天間基地が返還されてもその代わりに辺野古ができるのであれば、仮に嘉手納以南が返還されたとしても沖縄の基地負担率は73.8%から73.1%にしか、たった0.7%しか減らない。ほとんど県内移設だからだ。普天間基地や嘉手納以南が本当に返還されるのかということにも疑念を持っている。なぜなら協定では年限を区切ってあるが、例えば「2028年、またはその後」という書き方なのでいつ返ってくるかわからない。「またはその後」というような表現はこれまでも繰り返されてきた。

 まだ民主党政権で森本敏さんが防衛大臣だった頃、沖縄にオスプレイは配備されるのかと聞いたことがある。防衛省としてはわからないとのことだった。けれどもそれより前、森本さんが学者だった2010年に出版した本には、2012年に12機、2013年に12機、沖縄にオスプレイが配備されるだろうと書いてあった。そしてその通りになった。その本によると辺野古はもともとオスプレイの為に建設される基地なので、最終的には辺野古に100機オスプレイが来ると書いてある。これでは到底受け入れられない。

 沖縄県民は自ら進んで米軍に土地を提供したことは一度もない。住民が収容されている時に土地を接収されたか、住んでいる土地を銃剣とブルドーザーで奪われたかのどちらかだ。1956年頃、ブライス勧告というのがあって米国が正式に土地を買おうとしたが、その時、沖縄県民は保守も革新も関係なく拒否して土地を売らなかった。だから今でも米軍基地のほとんどは民有地であり、今回のような反対運動ができている。

 辺野古に基地をつくるのは簡単ではない。このままではできないと思う。埋め立てには10tトラックが10万台走って1年間かかる。そんなことを住民が反対する中で強行したら世界に対してもイメージダウンになるだろう。自国民の自由、平等、人権、民主主義を守れなくてアジアのリーダーになれるわけがない。自由、民主主義に基づいた日米同盟であってほしい。

(沖縄に基地が集中しているということは、戦時にはまず沖縄が標的になるということだが、なぜそのことがもっと議論にならないのかという記者の質問に答えて)
 沖縄では先の大戦で一般市民約10万人が亡くなった。それだけ日本国の為に前線で尽くしたのに終戦から2年後には日本から切り離されてしまった。私は沖縄の自由民主党なので当然ながら沖縄県民の安全、子や孫のことを考える。数年前、知日派のジョセフ・ナイ氏等が中国のミサイル性能が上がっているので海兵隊はグアム辺りまで下がれと主張していた。ミサイルが被弾すれば沖縄県民はもちろん、嘉手納辺りに落ちれば米兵だって犠牲になる。だから後ろに下がれという話は実際にあったのだが、前知事が辺野古基地の受け入れを表明した為にそれが免罪符になって、そういう議論がなくなってしまった。なぜ日本全体の安全保障であるのに沖縄が74%も負担しなければならないのか、そのことを訴えている。本土にも負担してほしいし、普天間の代わりを沖縄が考えろというのはおかしい。

 今や米軍基地は沖縄発展の最大の阻害要因になっている。終戦直後、沖縄の基地関連収入は沖縄のGDPの50%だったが、27年後、沖縄が返還された時は15%、そして今ではたった4.9%しかない。一部返還された土地の再利用が進み、商業施設ができて基地時代よりも遥かに多くの雇用と経済効果が生まれている。沖縄が基地収入で助かっているという話は過去のもの、せいぜい70年代くらいまでのことである。

(沖縄を20年ほど取材してきたが、ここ数年で雰囲気が変わり「オール沖縄」という動きになってきたと感じる。何がきっかけだったと思うかという質問に答えて)
 8年前に起きた教科書検定問題だと思う。沖縄戦での「集団自決」を日本軍が強制したとの記述を削除するよう文科省が検定意見を出したことに反発し、10万人の署名が集まった。日本国の為に戦って犠牲になったのに、それをなかったことにするのかという反発が起き、それが今の流れの原点になっている。

 以上が会見の概要です。本土の人間は、しばしば沖縄の米軍基地返還運動は本音ではない、基地収入で助かっている地権者もいるし、基地での雇用もあるので一部の人間が騒いでいるだけで沖縄県民の総意ではないと言います。(こういう意見は年配者が多いです。)また翁長知事が代替案を考えないのは無責任だとか、翁長知事は中国寄りだとかそういう意見も聞こえてきますが、こうした主張は本土の人間の身勝手、沖縄に対する差別と受け取られ、もはや沖縄には通用しないでしょう。

 会見の中にもありましたが、長年取材してきたジャーナリスト達が沖縄の雰囲気が明らかに変わったと言います。あるベテラン記者は、サンフランシスコ講和条約が締結された4月28日を「主権回復の日」として祝おうと政府主催の式典を開催した2013年辺りから変わってきた気がすると言っていました。沖縄にとっては日本から見捨てられた屈辱の日を安倍政権は祝うのか、という反発が保守・革新を乗り越えて沖縄を結束させたのではないかというのです。教科書問題がきっかけだったと翁長知事が言うならそこに伏線があったのでしょうし、沖縄の声を耳にしたからこそ鳩山政権が県外移設と言い出した…。結局実現しなかったけれどももう元には戻りません。鳩山さんが余計なことをしたと言うならそれも身勝手な話で、本土が当然のように沖縄に基地を押し付けて来た矛盾は遅かれ早かれ表面化したでしょう。このまま沖縄の声を無視し続けた場合、スコットランド独立運動のように琉球独立党のようなものが出てくるかもしれませんし、中国の覇権主義を前提に考えるならそれこそ中国の思うツボです。そうなったら手遅れです。日本の内政が不安定化することは米国も望まないことです。

 先日の鳩山元総理の会見(その他の活動報告参照)と翁長知事の会見を総合すると、海兵隊が米国の都合でグアムまで下がる案は確かにあったのだと思います。それを一部の官僚が潰した、鳩山政権下の官僚が裏切っていたということなのではないでしょうか。日米地位協定の改定も含めて日本政府が米国に切り出さないと、米国から提案するわけがありません。沖縄県の負担軽減を基地の移設問題と地位協定の見直しの両面で進めることが、長期的な視点で日米関係を良好に保つ方法だと思います。米軍基地がある他の敗戦国ドイツやイタリアの地位協定は既に改定されています。このまま放っておくと沖縄で反米感情や日本政府への反感が募る一方で誰の得にもなりません。安倍政権は全く聞く耳を持たず、憲法さえ無視して突き進む独裁政権ですから、これは一刻も早く変えなければなりません。政権交代が一番民主的な手続きですが、なぜ自民党内で止める勢力が出てこないのか不思議です。9月の総裁選挙に向けて誰も党内で声を上げないのであれば、自民党は独裁を止められない大政翼賛党でしかなく民主主義政党として終わっていると思います。