4月14日(木)から1泊2日で亀井静香代表が被災地の視察を行いました。私も14日(木)から参加したかったのですが、残念ながら環境委員会と重なり、環境アセス法案の質疑・採決が行われたので、2日目だけ参加しました。

2011年4月15日(金)仙台空港
 7時半に羽田から飛び立って再開したばかりの仙台空港に着陸、空港からタクシーでまっすぐ宮城県庁に向かいました。仙台空港の周りはテレビ映像の通りで広大な平野に倒木が目立ちます。空港を出て最初に目に入ったのが「カメイ」という名前の会社と看板…。次が航空大学の建物…。あとは多少の店舗が残っているくらいで、瓦礫というより流されて何もないという印象を持ちました。高速道路が盛り土になっていて堤防の役割を果たしたらしく、この道路を走ると右と左で被害状況がまるで違うのです。

2011年4月15日(金)仙台市名取地区2011年4月15日(金)避難所の様子
 仙台市内まで渋滞もなく、40分ほどで県庁に到着しました。ここで国民新党の視察団を待ちます。一行は前日、岩手県の達増拓也知事に面会し、陸前高田市や気仙沼市を視察して一関市に泊まっていました。10時少し前に無事合流し、まずは三浦秀一副知事に面会。その後、市役所に移動して奥山恵美子市長と面会、それから市内の避難所を1ヶ所視察しました。

2011年4月15日(金)南相馬市長と対談2011年4月15日(金)避難所の掲示板
 避難所を出た後は福島県へ。南相馬市の避難所を回り、それから桜井勝延市長と面会しました。仙台市と南相馬市の避難所を訪ねて実感したことは、津波で家を失くした被災者と原発の被災者では置かれている状況が全く違い、それは避難所の雰囲気にそのまま表れていました。命からがら逃げて助かった被災者と、いつまで家に帰れないのかわからない被災者ではストレスの種類が違う、と言ったらいいのでしょうか。南相馬市の避難所では人々の目が怒っているのがわかります。ここでは色々な人と話すよりも、話しかけてきた男性の話をじっくりと聞くことにしました。とにかく見通しを示してほしい、土壌改良が○年後に終了するからその時まで避難していてほしい、というような具体的な話が聞きたいと言われました。

 桜井市長とはこれまでの経緯、情報がない中で孤軍奮闘したこと、金融機関をなかなか開けてもらえないこと、東電から100万円を配られる世帯と配られない世帯に市が分断されてしまうこと等、大変な状況について直接伺いました。市役所の後は飯館村を通り、福島県庁で佐藤雄平知事と面会、その後、福島駅から新幹線で帰京しました。

2011年4月15日(金)畑の中の漁船
 今回の党の視察は3県の知事(または副知事)に面会して直接話を聞くこと、被災状況を目で見て確かめることを目的としていました。亀井代表は特に陸前高田市の風景、本当に街ごとなくなってしまった状況にショックを受けたようでした。私も映像で見てはいたけれど、あり得ないところに船が転がっていて、あんな光景は初めて見たので衝撃でした。「戦後の焼け野原」という言葉が頭に浮かび、何もないところから復興するとはこういうことを言うのだろうと思いました。これは大規模な復興予算が必要です…。